告解

from takala

心臓の真上

重い内容となります。

最初に輪々華が傷付けて来た箇所は、左腰だった。
誰にも見られない様に。
無印良品の掌に握り込めるサイズの銀の、カッターナイフだった。その後飽き足らずかドイツゾーリンゲンのナイフに変わった、律儀にオキシドールで消毒していた。

治りかけたらまた傷付け、跡を残す様に計らわれていた。今も残る傷である。
高1の晩秋。
誕生日に輪々華がくれたのはやたらと持ち重りのする万年筆と、心臓の真上の傷。
万年筆は高校生が持つには上等な代物だった。
当時、輪々華は全く以て似合わないがレストランにてウェイトレスのバイトをしていた。
しかもステーキ専門店。肉を食わぬくせに、レアとウェルダンの違いも理解せずに。
その給与で購入してくれたのだが、勿体無いと感じた。体の殊更弱い彼女が立ち働いて得た、給金で。
≪これは多嘉良が持つべきペン≫と言っていた。
現在は幾度もインクを換え、自室でのみ使用している。万一無くす事なきように。
傷は左胸、心臓の真上。
やはり消毒した彫刻刀で一気に、傷付けるというよりは文字通り彫られた。
痛みは感じなかった。輪々華の念が、独占欲が入って来た事がただただ心地良かった。神聖な感覚だった。儀式とはああいう時間を指すのだろう。
その翌月にいなくなった。20才で再会する迄も再会した後も、忘れる事は無かった。断じて一日たりとも無かった。

言っておくが、他の女なら願い下げである。どちらかと言えば、傷の無い肌を切り裂く方に興味がある。輪々華にやったかと問われたら、答えはyes,彼女が望んだ。
望まれないなら、その行為はしていない。輪々華の肌は昔から滑らかな、青みがかった様な透き通った白だ。触れているだけで心地良かった。冷静に考えれば傷付けたくはなかった。
相反して結果的に数十箇所傷付けた。輪々華のその時々の声が聴きたかった。16になったばかりの頃、それだけの理由だった。
相手は虐待の素地がある人間である。自傷他害にベクトルが向いた場合、抑制が利いていない。半端な切り方では納得していなかった。
出血量が少ない様、かろうじて計らっていた。もっともっとと言われていた。
空恐ろしいとは感じなかったが、真剣だった。真剣に応えねば確実に見抜かれたからだ。
恐れを抱いたら彼女にはその時点で、関係を切られただろう。応えられる人間か否か若い時分で見極められていた。


そんな事をした日の夜に、模範的と言える両親と上の空で会話しながら初めて、離人症的感覚に囚われた。
日常生活と折合いをつける迄に、時間を要した。
輪々華とそういった事をした後は一種強烈な、麻酔が効いた様になる。
それを彼女が傍にいない間に追求し試行錯誤して来たが、未だに同じ感覚に至った事は輪々華以外の人間では、有り得ない。