告解

from takala

16 y/o〔in detail〕

 巧く書く事は出来ないだろうが輪華流に云うならば生きる為に、書いてみよう。やや凄惨な描写が入る。読めない場合は読まずにいて頂きたい。

 自己犠牲心を學ぶ為に彼女に出逢ったのだろうと今なら考えるが、当時はそこ迄至らない。見返りを求めない善意だけで唯一の人間に尽くせる。周りの能無しの連中とは違う、浅慮な大人とも違う、自分は命を投げ出せる様な恋愛をしている。そうした傲りは常に有った。

 見返りを求めない善意。そんな訳がないだろう。そんなに軽い念ではない。愛しているのだから等分に返して貰わねばならない。これが本意だった。

 輪華に尽くすとは具体的に何であっただろうか。家で衣食住の面倒を見る事。それは親がしていた事だ。話を聴く事。逆にこちらが聴いて貰っていたのでないか?彼女が残虐性を覗かせた時に受け止める事。こちらもまた残虐性を彼女に宛てているではないか。

 輪華は鞭打たれた傷の上から、傷を直して欲しいと言った。“治して”ではない。新たに傷を作れという意味だ。悪意ある人間から受けた傷を善意ある人間から受けた傷に、作り直す。愛での上塗り。これをどうしてやれば避けられたのか。念を籠めて軟膏を塗る等ではいけなかったのか。傷が残る時点で既にもう避けられなかった事柄なのか。

 腿や二の腕なら力を入れずとも、深い傷が出来る。背は脂肪が特にない。力を込めねば鞭の痕等は消えない。ゾーリンゲンのナイフはよく切れた。白い肌が切れるでなく裂けた。それを自分がやった、この手で。細い両脚を抱え背を向けている輪華に分からぬ様に最初は、利き手を使わなかった。左手で力の軽減を狙った。彼女は振り返りもせず「どうして助けてくれないの」と泣きながら言った。絶望した様にガタガタ震えながら泣いた。その時は互いに泣いていた。

 泣きながら彼女への傷を作っていると、実に不可解な変化が自分に訪れた。誰にも出来ないことをしている。彼女へ“してやっている”。彼女へ影響している。他の誰も輪華の精神には働き掛けられないだろう。この自分以外は。彼女に選ばれている。手からナイフを離した。裂傷を両手で拡げてみた。血。鮮血。隠されている皮膚の下の細胞。美しい色だと感じた。死人に見えても輪華は生きている。生命の色を宿している。

 じっと銅像の様に動かずに居た輪華が「痛い」と言った。痛い?やらせているのはお前じゃないか。裂傷を更に破る様にした。どうせ広範囲に傷が残るのだ。だったら全て塗り替えてやる。

 切っている時は反応が無かったというのに、両手で傷を開かせていると輪華は指に力を入れて耐えていた。白い指が蜘蛛の様にフローリングを這っている。白い肌に覆われた華奢な骨、青い血管。綺麗だった。また不可解な変化があった。そちらを傷付けたくなったのだ。代わりにその冷たい手の甲を咬んだ。首を掴んで後ろに引き倒した。血が飛び散る。輪華の目を見た。征服された目だった。手の中に彼女の生命がある気がした。完璧に支配出来たとその時に思った。猟奇にも快楽が潜んでいるのだと悟った。中には出さなかったが直に挿れた。

 傷を作る行為は非常に消耗した。輪華がバイトを始める以前、毎週土曜の夜に儀式化していた。土曜の夜は彼女の家で惨事が起き易い。だから家に泊まって居た。日曜の午前に彼女は両親と教会に行きたがった。昨晩、善良な両親の息子にナイフを持たせ傷を作らせ、その後に凌辱的行為をさせて平然と無垢な顔で教会に通う。彼女の中では一連の言動が無垢なのだから、周囲を騙す虚構ではない。自分は彼女の真実の渦中に共に居た。真実とは重く、鋭く走る痛みを持っている。真実の中にある愛は幸福とは限らない。

 輪華の中には被虐の闇が澱になっていた。とんでもない話を淡々と紡ぐ。うちの母親と楽しそうにケーキを焼き、食べた後に二階に上がり歯を磨きながら「義理の父に乳歯をペンチで抜かれた事がある、ストーブの前に居たの。血がシャワーみたいに蛇口が壊れたみたいに出た」と言う。

  話そのものより輪華の様子に寒気がした。「痛くなかったんだよ」とこちらを見上げて澄み切った目で笑う。どう反応すべきか分からない。髪を撫でてみる。彼女は何処を見ているのか、無表情で腕を引く。歯ブラシを口に咥えたままで後ろから、その場で突けと言う。彼女は遠慮なくこちらの局部を手で弄んだ。

 それも言うなれば、浄化の求めであったのだろう。整理のついていない話をし睦み合う事で塗り替える。

 精神的にはこちらは混乱したままで居た。だが拒絶や否定の念は浮かばなかった。どうすれば輪華に纏わり付いた闇を払拭出来るか考えた。体は勝手に反応する。彼女の匂いがする、傍に居て触れて来る。或いは触れる事が出来る。他人には決して見せない姿を見せてくれる。彼女に特別視されている。そして声。音に過敏である自分にとって輪華の声は、何時も条件反射を隆起させる材料だった。

 愛が在るのなら嗜虐で示せと言われているかの様だった。彼女は幼少から被虐の中に居たのだろう。どれが、何が愛なのかを知らず親しみの中に痛みが混在すると思っていたのではないだろうか。輪華がそう解釈していたかも判らない。輪華の中の別の少女の解釈かも知れない。しかし求められていた。生きるか死ぬかの境で求められていた。

 輪華は支配されたがっていた。同時に支配したがっていた。呼応出来る者を見初めたのだろう。

 しかし彼女はいなくなった。どの瞬間にも求められた通り、輪華にだけ力を注いでいた。それでも彼女はいなくなった。