告解

from takala

監禁

HPへの掲載を省いた記事
27y/o Nov.

二人で美術館を訪れた。
絵をひとしきり観た後で、輪華はトイレに立ち寄った。

25分以上経っただろうか、
女性係員を呼んだ。トイレで倒れている可能性が有る。輪華は必ず問題がある際は「下痢」「吐く」等と事前に言い置くからだ。

案の定だった。救急車をお呼びしますの声を遮り、彼女には持病が有るのだと断った。婚約者の振りをする。抱え上げ車へ運んだ。
内心この好機を喜んでいた。
充は深夜まで仕事。このまま輪華が帰らなかったとして、捜索願いを出すのは明日。
今日、自分と会っているとは誰も知らない。
監禁して72hもすれば人は疲弊する。正常な判断等出来なくなる。輪華は充よりこちらを選ぶ。必ずその様になる。その自信は有る。

そうしたら充に「輪華は自らこちらの家に来た」と告げる。見事に婚約破棄だ。
輪華の体は軽かった。中身など入っていないかの様に。気を失っていてこの程度だ。その辺の小学生のほうが重いだろう。
自宅には難なく運び入れた。誰にも会わなかった。

靴を脱がせる。以前海外出張の折りに土産にした靴だった。人形の靴の様に小さい。
彼女が靴を履いて歩いている事。その当たり前の事実を疑う。こいつは本来、俺の人形だった筈なのだ。いつから勝手に歩き出したのか。
16の冬の悪夢。無かった事にしたい。あれは起きた事ではない。文字通り悪い夢だ。
輪華をベッドに載せた。白衣めいた白いトレンチコートを脱がせた。白いワンピース。薄着だった。痩せて尖った顎、青い顔。まるで生贄の様相。
部屋を暑い程に暖める。恐らく貧血なのだろう。輪華のコートに携帯とピルケースが入っていた。
携帯は電源を切る。ピルケースに鉄剤があった。テーブルに出しておく。
玩具の様な小型のバッグには手を付けなかった。大した物は入っていない。財布,化粧品,神社の御守,父親の形見の写真。おそらくそれだけだ。
落ち着かない。玄関ドアの鍵は普段、一つしか掛けない。今日は二重にロックする。
ベッドに拘束しておくべきか迷う。計画では拘束が念頭にあった。
輪華は起きない。この痩せ細った体で何が出来るだろうか。何も出来はしない。
が、精神的圧迫を加える為に四肢と首をベッドの四偶へ繋いだ。革製の枷。
やや安心する。浴室に向かった。

ベッドにPcを持ち込み仕事をしていると、輪華が目を覚ます気配があった。
一瞬また眠りに落ちたかに見えた。再度目を開けた。
天井を見ている。それから素早く室内に目を走らせた。混乱している様には見えない。
何か言うかと思ったが、何も言わなかった。拘束に気付いた。彼女は眉をひそめた。
「高良。どうしたの?」漸く口を開いた。
静かな声だ。
「このマンションは単身者しかいない、現在どの部屋も留守。お前を運ぶ間は誰とも遭遇していない。ここはピアノを置ける部屋だ。わかるな?」
騒いでも防音なので聞こえませんよ、との意味だ。輪華は馬鹿の振りをしているが、決して馬鹿ではない。
うん、と彼女は言った。驚くべき事に、それからまた眠った。
二度目に起きた時、トイレに行きたいと言った。
ストッキングと下着を脱がせた。用意していた介護用の紙おむつを着けた。
彼女の下半身の裸体を目にしても、最初から未だに自分の所有物と思っているからか、思っていたよりは感情の揺れがなかった。
脱がせた時も着用の時にも、輪華は険しい目をした。
が、黙ったままだった。
「高良は、セックスをしたいの?」と尋ねて来た。
「したい」と答える。愚問愚答だ。
「じゃあして良いよ。でも私は高良に屈さないよ」と輪華は言った。
「充君の所に帰りたい」急にあどけない顔付きになった。ぼろぼろと涙を溢した。幼女の泣き方だ。

こんな表情の女は犯せない。無理だ。その上、泣きながら輪華はこちらを凝視していた。仄暗い部屋で、一点だけ光を宿した目。
続いて「高良、高良、助けて、助けて」と唱えた。呪文の様に。監禁しているのは俺だ。それなのに救済を求めている。否、だからこそか。
この輪華は……、このあどけない様子の輪華は、別の“高良”が存在するとでも思っているのだろうか。危害を加える“高良”は別の人間であるとでも。
輪華の唇に触れた。嫌がって顔を背けた。何という目だ、肉食獣に喰われる直前の鹿の目だ。怯えではない。諦めた目。空洞。
へこんで薄い腹部、捻ったら即死しそうな腰に手を遣った。身を捩って拒絶している。呼吸が浅い。首輪の内側に指を押し込み、頚動脈を探った。破裂しそうな脈動。
「怖い、怖い、」掠れた囁きで輪華が言った。そして充でなく“高良”にあくまでも助けを求めていた。繰り返し繰り返し。
今思えば、それが輪華の策略だったのかも知れない。監禁は催眠だ。護身から加害者を愛する様に自己を転身させねばならない。
彼女は催眠を掛け返して来た。こちらは非道な加害者ではないのだ。情がある。情に訴えれば解放される。

彼女の思惑通りになった。
その時はどうしても先に進めず強行突破が不可能だった。

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輪華はこの監禁未遂、否、既に監禁なのだがこの時の事を記憶していない。書く前に尋ねたが「わからない、憶えていない」と言っていた。詳しく聞き出そうとした。詰問口調になった為か泣き出した。彼女が不安定になったので掲載しなかった。

昨日(21日夜)改めて尋ねたが記憶は無いとの事。しかし不安定にはならず。


記憶が無いとはどういった事か解るだろうか。彼女の病は現在「ほぼ」統合し治癒している。完璧でなく記憶の整合性が怪しい部分はあるが、各人格の記憶を共有している。
だがこの時の記憶は無い。

つまりだ。あれは輪華でなく残留する他人格、イシキと名乗る男だったという事だ。
正直、自分にも理解出来ない面は有る。彼があれ程に動揺するとは思えない。演技で心拍は操作出来ない。殺される直前の様な脈だった。
輪華当人であれば、やはりあれ程には動揺しないだろう。彼女の中に他に誰か未だ居るのだろうか。生活を共にしていてその片鱗は感じないが。

そして現在の輪華を日々観察するに、未だに理解出来ない事は多い。最近の彼女が徐々に子供返りしている事に気付いている方々も、居られるだろう。純心のままで遊んでいる様子。動物めいた純度は増している。元より動物だったのかも知れないが。
眠る時間が長い。過眠傾向。外出はしたがらない。窓から外を見る事もなくなった。
只こちらには、なついている。その表現が正しい。恋愛とも結婚生活ともつかぬ。飼主を見る目をする。
だが彼女は動物ではない。猫ではない。神でもないが人間とも思えない。
同じ境遇に陥った男に会ってみたい。この言い知れぬ存在が息苦しく感じる程いとおしく、精神が狂う位になった愚かな人間と話してみたい。
程近くに居た。充が。
彼は一足先に狂った。狂えれば楽だ。軟弱で羨ましい限りである。