因縁
充について明かそう。
輪華は記憶していない様であるしむざむざ思い出す必要性もないであろうが、彼らは高1時点で面識がある。
理数科と普通科は通常、接点がない。学校自体に差別思想があり、馬鹿とは交流すべきでないといった風潮であった。理数科の生徒は地方の至らぬ英才教育を受けた、頭でっかちの集団なのだ。
充は分かり易い価値観を持っていた。女は卑下して良い対象。弱い=守る=支配する対象。
輪華についてはあの通り想像がつくと思うが、理数科のテリトリーに平気で入って来た。ちょろちょろと短いスカートで、男子校の風情である空間に侵入する。理数科はごく少数の女子が存在していたが、およそ女と思えぬ様相の、勉強だけに全生命を捧げている衆と言えた。理数科で遊んでいる奴らは、他校の女子と友人を通じて出逢いを持つのが常套手段だった。
知る限り中学からの交際というケースは、輪華と自分だけであった。
輪華が入って来れば有象無象の輩に見られる。無論、上級生も注目する。彼女の当時の風貌は4月中こそ黒髪だったものの、5月からは明るい栗色に長い髪を染めており目立つ事この上なかった。抜ける様な真白い肌に低い背丈、華奢。つまり異性であると感じる要素しか持っていない。
作った声色ではないが甘い声音で話す、表情からして間抜けており柔和。筆舌に尽くし難いのだが一見して、妙な空気を纏っている。悪く言えば「頼めばやらせてくれそうな女」。思春期男子の集団に、よく闖入して来られるものだと感心する。
視線に気付かぬ筈はないのだが、輪華は全ての視線を無視していた。
当時の充はあらゆる物事に興味関心を示す事は、無かった。程々に学習し程々に恋愛し程々に部活に取り組み程々に日々を過ごす。その肩の力の抜き加減を羨ましく思ったものだ。
輪華は大抵、放課後共に帰る場合にこちらに来た。バス停や図書室、正面玄関等の共有スペースで待ち合わせる予定であっても、息急いて来た。普通科はHR終了が早いのだ。
充の視界にいつの間にやら輪華は入っていたらしい。彼は「T(苗字)の彼女か」と尋ねて来た。そうだと答えた。出身中学と輪華の名を聞かれた。隠す必要はないので教えた。
後日、中学の卒アルを見たと彼は言った。同中学出身者に言えば借りる事は可能。輪華の文章が巧いと言った。明らかに彼は彼女に興味を持っていた。
輪華の卒業時の寄稿は文学的であり人生は一冊の本である、 動植物の生涯も本であるから地球は本に溢れた図書館であるといった内容だった。地球を擬人化して書いた詩的な内容だった。
充が輪華に最初に話し掛けた時、彼女はごく自然に受け答えしていた。何を話したか彼女に尋ねた。「誕生日を聞かれたよ」との事。
流石に充は揉め事を懸念してか、輪華のメールアドレス等は聞いていなかった。
こちらが別れたら狙おうか程度の好意であろう。
ところが充は5月以降、つまり輪華がバイトを始めて以降に然り気無く行動を起こしていた。さほど気に留めてはいなかったが、風の噂によると輪華のバイト先(レストラン)に休日ランチに行ったとか。それがまた友人同士10人以上で行った為、アプローチという程でもない。こちらからは何も忠告出来ないレベル。だが輪華の彼氏である所の友人Tを除外している辺り、良からぬ思惑を感じないでもない。
充には他校に彼女が居た。何処で見付けるのか夏休み迄に2、3回女が変わっていた様に思う。いずれもバカ校生と揶揄される当時の“ギャル”である。彼の初体験は中1らしいが、相手は塾の27歳既婚講師という噂であった。あくまでも噂である。しかし信憑性は高いとだけ言っておこう。
ある夏の日。夏休み中の公共の施設(図書館)で充と会った。輪華は普通科の少ない課題に追われており、こちらは理数科の意味無く多い課題を既に終えていた。
輪華は勉強の合間に魔女大全,悪魔学等の書物を読み耽っており、全く課題が進まない。充は書架の森を縫って私服の輪華(ミニスカート)に近付いた様だった。
様だった、というのはデスク同士は向かい合わせだったものの自分も生物学の学術書に目を落としており、集中すると外の音が聞こえない為感知していなかったのである。
充が輪華に何を言ったのか、はたまた何かしたのか知らないが彼女は勢い良くデスクに戻って来ると「帰る」と言った。輪華は苛立っていると目を細めるが、その表情だった。
彼女の気紛れはいつもの事である。生物学の学術書は貸出禁止図書であったので、書架に返しに向かった。
途中で充が友人らと並んでデスクに居た。他の友人に挨拶した。内一人に化学の課題を教えた。充はじっとこちらを注視していた。
生物学の書架には誰も居なかった。充が追尾して来た。何か話したい事があるのだろう、用事は何か尋ねた。彼は「3Pをしないか」誘って来た。
誰と誰と誰でか。聞かなくとも分かる。断った。輪華とは性欲解消目的では付き合っていない、と答えた。
充は同窓会で輪華を捜していたのではないか。因縁は高校時代から始まっていたと言われれば、そうなる。
スワッピングの誘いに簡単に充が乗じたのには、こうした経緯がある。彼は性の価値観が非常に緩いのだ。