告解

from takala

36 y/o〔in detail〕

 波乱の表現にならぬ様に配慮するが、多少はご容赦願いたい。

 36歳。あれから20年。勝手に扉を閉ざされた16から20年。一口には言い表し得ない。只、長かった。

 輪華と充を別れさせると決心したが、原動力は両者への怒りであった。根底にあるものは輪華への凝り固まった熱情だが言うなれば恋愛の半分は、自己愛だの妄執だの希望で構成されている。

 もう半分は無条件・無償の愛と言えようが、輪華の全人格(ここで言う全人格に他人格は含まない)を愛すると言いながら、結局の所彼女を愛する自分の姿勢を好んでいる訳だ。又は彼女に肯定される自分自身を。

 例えば彼女が占館で紅茶を淹れる、その指先を注視して白昼夢或いは思い出に浸る。これでは彼女を愛しているのか、自身の白昼夢と記憶を愛しているのか分からない。彼女の存在を愛するからして、彼女の登場する白昼夢に酩酊するのだろうが。

 未来の展望は希望的観測だけで埋め尽くされている。しかしそれもまた妄想。

 それら含め恋愛と称される。妄の念が強ければ強い程叶う事も確かに有る。恋愛も情愛も言ってしまえば“呪”。

 こちらの積年の想念をあっさりと身躱し、充を選んだ輪華。

「充君は弱いから」。「學びだから」。

  彼女が神の使徒であるなら、その道から引摺り堕としたい。さすれば人間の世界で人間らしく共に生きて行けるだろう。そう考えた。

 どんなに取り繕った所で──彼女は取り繕ってすら居ないのだろうが──輪華の属性は女でしかない。思考も感受も女なら体の構造も女。体で丸め込んで情に訴えてしまえば簡単だろう。

妖術だの魔術だのといった点では、太刀打ち出来ない。セクシュアリティと魔術とは深い関連がある。只の男女関係に今迄の社会経験、キャリアは役に立たない。異性としていざ対峙してみると輪華の存在は未知数だった。

  観察していると生理欲すら無い様だった。睡眠や排泄は赤子と同様として、食欲は持ち合せておらず抜け落ちている。性欲については病気のせいか、やはり持ってはいない。

 10代の記憶を探る。当時もこちらを支配する為の手段で性を持ち出しただけで、彼女は寧ろ性行為が嫌いなのではないか?

 こればかりは何度抱いても分からなかった。その時々の反応は演技か計算かといった、華々しく爆発的反応。人体の反応は定型である。刺激すれば水分が出る。体力さえ継続すれば絶頂に何度でも至る。痙攣する。失神する。起こせば起きるが意識は朦朧としている。その隙に言い聞かせておけば催眠に掛かる。人間は快感には非常に弱い。中毒性がある。

 輪華の反応は防衛に見えた。何時何処で獲得したのか知らないが、身を守る為に呪文として官能の言葉を発する。虚偽ではない。心底で唱えているのだろう。だがそれは本物の輪華なのだろうか。他人格が未だ彼女の中に生きて居り彼女の素振りをしているのではないか?

 見れば見る程分からなくなった。13歳から自分はどの人格と恋愛していたのか。輪華に見えたが輪華でない者と恋愛していたのか。

  時折神を犯しているかの様な気になった。またもや酷い罪悪感。何なのだこれは。お前は一体何者なのだ。強い官能の直後に激しい罪の意識。毎日毎回輪華が誰なのか分からない。ぼんやりと膝を抱え空中を凝視している彼女の、視線が輪華ではない気がする。彼女を疑っているのか自分を疑っているのかも分からない。

 充は輪華の何を見、知っているのか。知った気になっているのか。彼女の真価が分かっているのか。二人の間でしか通じない事が何か有るのか。無い方がおかしい。彼らは10年連れ添っていたのだから。

 嫉妬というよりは嫌悪した。嫌なのだ。その事実がこの世に存在する事が。安易に輪華の全てを愛すると言い切った充が。支え切れずこちらに依存していたくせに。彼女の癌治療すら受け入れられなかったくせに。

 長い間充を妻子ある男とは認めていなかった。輪華は体良く繰り人形に出来る男を見付け、家庭ごっこでもしているのでないかと思っていた。DVが生じる家庭。輪華は育った環境を再現させて安心している。性虐待のある風景。それが愛だとまた混同している。DVの後の二人の蜜月期。どちらかを殺してやろうかと真剣に考える程度には苛々した。

 何が使命だ。気に食わない。たかだか中高生の子供時代に、べっとりと“愛とされるもの”を擦り付けて消えた女。女全体が憎々しくもなる。他の女では解消出来ない。憎悪も性的欲求も。

 輪華の両腕を背中側に折曲げて緊縛した時に一瞬迷った。スパンキングは禁じ手。精神的に追い詰めてみたらどうなるだろうか。この奇妙な超然とした輪華は狂うのだろうか。充はやった筈だ、充でなく俺がやったらどうなる?

 発狂でもすれば良い。一度壊れてしまえば良い。0から直してやる。

 輪華が振り返った。あの目だった。何を考えているのか、何をしようとしているのか問い掛ける神の目。神の視線。

 出来なかった。