告解

from takala

術前2017/12/10

既に辞表を出していた。一応は役職者であるので退職届ではない。

引継ぎは以前より済ませてある。後任者は自分が育て上げた者である。この先何とかやれるであろう。

表向き実家の事業を継ぐとしていた。

父は貿易関係であったが現在はリタイアしている。未だ聖像聖具を輸入しているが販売目的ではない。多くは寄贈の為である。外側からは判別がつかないであろう。

1週間で-5kgは効いた。疲労感が出る。ここ10年以上感じた事がなかった。

輪々華が激痛に耐えている様子はもう見たくない。いつ殺そうか迷う時間も無駄に等しい。何故か実行が儘ならない。

生きて欲しい。共に生きたいと願う程度の事がおこがましいとは。更には共に逝きたいと願う事も許されないとは。人生とは一体何なのだ。

夜間、輪々華多量出血。いい加減にしてくれ。死ぬならもう死んでくれ。安らかに逝ってくれ。解放してくれ。

処置後、朝方に真っ青な顔色で微笑みながら《何か話して》と頼まれる。言葉が出ない。《歌って》とも言う。

フランス語であればと喋る。母国語でなければ正直に言える。意味は解らぬ筈なのだが随所で、目を瞑り微笑み頷いている。

言語は想念を伝える手段に過ぎず。発声に載っている想念を、余す事なく受け取ってくれていると感じる。

修正する。死んで欲しくはない。輪々華を想う事から解放されたくない。