告解

from takala

鉄の壁の崩壊

鉄壁の自制の訴え記載後、僅か2日

1/16

日付が変わった直後

ベッドの中での誘いに対しての迷い。

誘いと言っても通常の誘惑とは多少、異なる。相手は重病人。

迷う事は人生で皆無。輪々華に関連する以外。

性の問題は確かな問題であり、同病者間でも明るみに出る事がほぼ無い。

一時の気の迷いで命を奪う結果となるかも知れない。殺めようと 目論んだ癖に今更ながら迷う。

彼女は「死なないから」と笑うが根拠が無い。こればかりは彼女の言葉が根拠と、言い切れぬ。

こちらを慮っている可能性がある。

揺さぶる様に様々な文言を駆使して来る。無論、行動でも。

からかわれている様にも感じたが、彼女は真摯であり命懸けで誘っている。応じない事は礼儀に反する。

輪々華の匂いがすぐ近くでする。

 

病院では一時、死の匂いがしていた。死者の匂いとは即ち、霊の匂いである。

輪々華の生霊の匂いは、ここに著せない。もう一度体感したいが、望まない様にしたく思う。望めば現実になるであろう。彼女の臨死状態は目にすると寿命が縮まる。

 

輪々華の病の匂いは一種、独特な匂いがする。患者会で会った女性の全てから、強い花の香りがした。女性特有の病だからか。

百合や蘭に喩えたがもっと強い匂いだ。

天国に咲く花がある、その香りだと輪々華が言った。随分と鼻が良い等と。当然だ。他の病とは区別がつく。

何人もの最期の日が視えた。動揺した積もりはなかったが、会が終わると急に眠くなった。輪々華は泣いていた。以降は患者会に参加させていない。

 

今の輪々華は生の匂いがする。生々しい匂いであり良い匂いだ。生者の匂いは落着く。近づかねば判らぬ。(香雨は感知していない)

輪々華そのものの匂いは昔から変わらないのが、不思議で仕方ない。女は日によって匂いが変わる。年を追えば尚更。

病の匂いは変化している。オペ後で変わった。これまた近づかねば判らなくなった。快方に向かったと判断したい。

 

これで殺めたならこれ以上なく、甘美な話ではある。

それも一興かも知れぬ。記憶だけで生きて行ければの話であるが。

遠い昔、最初にどの様にしていたのかが上手く思い出せない。自然な流れであった為に緊張感は無かったが、とかく最初の頃は気を遣っていた。どこに触れれば良いか分からなかった。驚く程小さい。細い。体温が無い。力を入れぬ様にと頭では思うのだが、非常に難しい。

その最初の時よりも困惑せねばならなかった。

 

事足りない。反応が無い。

痩せた首を絞めた。片手で直ぐにも殺せそうだった。どうやって息をしているのか、疑う程に脆い。薄い白い耳朶。指先。玩具の様な造り。

命が入っているのが不可思議な身体。

いつも疑問に思うのだが、こいつはどうやって生まれたのだろうか。どうやって生きて来たのだろうか。この今の瞬間を一緒に追っている事が、信じ難い。

目の前にはいるのだが生きていない様に見える。

輪々華が苦しそうな状態であると、或いは嫌がっているともっと苦しめたくなる。生存本能なのだろうが弱い力で抗っている。確かに今は生きている様だ。

本当に生きているのか確かめる為、この様な事をしている。

血が見たくなる。間違いなく生きているのかが見たい。どうしても見たい。

 

「人を殺してみたかった」とのたまう子供がいるが、解らぬでもない。思春期に考えた事はある。

なぜ人を殺してはならないか。

輪々華が以前ブログで触れていたが、一つの命の損壊は連綿と続く血脈の損壊だからである。祖先,子孫を蹂躙する行為。縦の繋りだけでなくパートナー,友人等横の繋りも破壊し蹂躙する。

自分も祖の名誉まで穢したくないからして、安易に行動に移る気はない。

輪々華が殺してくれと言うなら即実行する。

 

人を殺してみたかった、とは生に執着心のある人間の言い分だ。

既に脱線し長くなるので詳細は省くが、殺したいと叫ぶ奴は生きたがっている。他者に深く関与したがっている。何故ならば他者に深く関与する事が、人の生の本質だからだ。

死にたいと叫ぶ奴も生きたがっている。挙げ句本当に自殺したりもするが方法はどうあれ、生きる事に真剣に向き合ったと言える。

 

輪々華に対し時折だが何らかの方法、例えば切る,折る等の細胞を破壊する事をしたくなる。元配偶者の躓いた点だ。

命が入っている様に見えないからである。反応が見たい。大抵の事には沈黙しているので苛つく。

愛情を示しても通り抜ける感覚がある。

 

それらは、しかし今はやらない。野蛮な手段である。

自分が原因で苦しむプロセスは見たい。生々しい反応が見たい。互いに生きていると実感が得られる。病気で苦しむ様子は見たくない。

異常者と思われるであろうが輪々華が悲鳴を上げた時、それに類する声で叫んだ際ようやく生きているのかと安心する。それが見たい。だが怯えている様子は見たくない。

泣いている表情は見たい。自分が原因でない場合は見たくない。

 

暴力的な手段はスマートとは言えない為、しないだけである。事故ならいざ知らず。

彼女が望まないならば、こちらからはやらない。希望されているなら迷わずやる。希望されている時、即ち愛情を求められていると捉える。

 

他の人間にはもっと重量がある。女は特に重い。生物として優位だからである。ここでは欲の重さを指す。

輪々華の欲とは雪で出来た羽の様なもの、詩的表現になるが要するに頭が空であると言いたい。

注意すべきは、輪々華が人の欲を過敏に察し応じる点だ。「何をしても良い」と言われた事が三度ある。

彼女の姉に注意されている。

「殺すなよ」と重々。

幸い「何をしても良い」等と言われれば気が削がれる為、特に大した事はしていない。

元配偶者は馬鹿正直者であるので、治療が必要となる結果を何度も手招いている。

間抜けで優しい愚かな元親友。愛情の名を借りて輪々華を傷付けた事は、許す気はない。彼の中で真実の愛情だったとしても、こちらの理論では暴力。

生涯生かさず殺さず。一生涯見棄てはせず。まだまだ復讐の最中である。

大事に手の内で捻り潰してやる。簡単に死なれたら愉しめない。

だから早々に楽になっておけば良かったものを。

だから愚かだと言っている。生きる事は浅ましい。生きる事は時に惨めである。

自分もまた愚かで浅ましく在る。惨めとは思った事がない。加えて元配偶者程は愚かでもない。

 

 

その夜は途中で止めた。中断でなく。彼女が他の事で収束させた。

快楽主義であればこそ、延期を喜ぶべきか。

輪々華の話;「もうちょっとで死ねそうだった」「気持ち良く死ねそうだった」「でも痛かった」「痛いと言うと多嘉良が変にエスカレートするから言わない」「苦しいも言わない、苦しくはない」「多嘉良は理性が残り過ぎているから面白くないのよ」

死にたいのだろうか。